ママに会いたい 最愛の妻との 死別

2017年12月1日、最愛の妻と死別し、突如父子家庭となり11歳の長男、10歳の長女、3歳の次男の子育てに悪戦苦闘しながら、前に進んだり後ろを向いたり横を向いたりする日々を綴る雑記ブログでである。

妻が倒れたときのこと『最愛の妻との死別』

2017年12月1日運命の日の記事について

12月1日 運命の日 妻と『 死別 』

www.ysketom.comの続きであるとともに下記の2記事を合体させ加筆修正した。 www.ysketom.com www.ysketom.comこのブログが「役に立った!」「感銘を受けた!」!という方は仮想通貨で投げ銭をして応援よろしくお願いします。 12/1朝 にいにの退院 ママねえね…

12月1日 最愛の妻 と『 死別 』した。

※当ブログ初期「12月1日妻が倒れた(1)〜(4)」を再編し若干加筆修正を行っています。 他の記事と重複しますが、自分が悲劇ドラマを演じているように感じ現実とは思えませんでした。

妻が倒れた日のこと 天国にいる妻へ 最愛の妻との『 死別 』

大切なパートナー、家族がいる方など多くの方に是非読んで欲しい記事です。 最愛の妻への想い夫婦について・ワークライフバランス・子育てについての苦悩・後悔。当ブログの想いが詰まってます。

ママが倒れたのは桜の木の下だった

別稿でも触れているが、先日、平日の夕方に仕事を早退して久しぶりに、にいにねえねの小学校を訪れた。というのも、小学校側から3/20に連絡があったのだ。 先方からの話はこうだ。(ママが)倒れられた際、目の前で意識不明になった人がいて、救命活動に携わり…

12月1日運命の日(2)

www.ysketom.com 続きです。12月1日金曜日はねえねの補習の予定があった。この補習、高学年であるにいにの補習(毎週木曜日)の際は自分で帰っているが、低学年は保護者お迎えでないと帰せないことになっている。数日前ママは、体調が良くなかったので、補習を…

12月1日運命の日(1)

www.ysketom.com 続きです。12月1日はパパが仕事なので、ママににいにの退院付き添いをお願いした。お願いしてしまった‥‥‥‥この日の朝、早朝からの仕事の為自宅を早朝5時過ぎに出た。 普段朝早い日は遠慮がちに、普通の日はなるべく、ママにおにぎりを作って…

妻が倒れたときのこと

妻が倒れたときのことだが、小学校の方々からは当日は 「直接倒れた状況を見た人は居なかった」 と言われていた。校庭が広いためそんなものかと思ったが、発見に時間がかかった訳でもなさそうなので、もう一つ倒れたときの様子が詳しく分からないものかと思…

これって病死?事件?事故?死因は何だ?

にほんブログ村 にほんブログ村ブログランキングに参加しました。応援してもらえると励みになりますのでよろしくお願い致します。m(_ _)m「平成29年12月1日午後6時50分」 私はこの瞬間を一生涯忘れることはないだろう。私の最愛の妻であり子供達の大好きなマ…

12月1日妻が倒れた(4)

しばらくの間、目の前の否定したい現実に目を背けていたが、いつまでもこうしているわけにもいかず、決断しなければならないと覚悟を決めた。 義父母に「おとうさんおかあさんもう‥‥」このぐらいしか言えなかった。果たして伝わっただろうかと懸念したが、続…

12月1日妻が倒れた(3)

妻が倒れた連絡から1時間半あまりして病院の救命救急センターに到着した。すぐ中に通されるかと思ったが、しばらく待たされた。こういう時、親族等の到着を待ち、蘇生措置の中止・死亡確認を行うものと思っていたので、私待ちだったかと思ったが、待たされる…

12月1日妻が倒れた(2)

妻が意識不明の重体(心肺停止)である連絡を受けて、職場だったため離れた距離の場所にいることを絶望感とともに告げ、とにかく駆けつけることにした。職場の上司に伝え、帰らせてもらうことになったが、妻の重体を知り動揺する私に「こんな時こそしっかりし…

12月1日妻が倒れた(1)

その日私は朝早く仕事に行くところだった。妻は朝早く起きてくれ、私のためにおにぎりを握って持たせてくれた。妻が握ってくれたおにぎりはとても美味しくていつも頼んでしまう。おにぎりを受け取り「行ってきます」と妻に言い仕事のため家を出た。 昼にショ…

最愛の妻との死別 突如父子家庭に

このブログを開設したのは、喘息による突然死で、余りにも早く妻と死別したもののそれを受け入れられない自分。 それでも、日常に戻り、父子家庭としての日々の生活、育児、仕事をしていかないといけない中で、もがき苦しみながら鬱々した思いを綴ろうと思っ…