ママに会いたい

突然逝ってしまった妻への思いを吐き出すと共に、11歳の長男、9歳の長女、3歳の次男を育てていくため悪戦苦闘する日々を綴ります。

あの日のこと 天国にいる妻へ 妻との死別

今週のお題「2018年上半期」

今年の上半期が早くも終わってしまった。当時のこと、妻への思いを語りたい。*1

私は、今、朝夕次男をこども園に送迎しながら、仕事に行っている。勤め先には出勤時間や、退勤時間にかなり配慮をもらっており、残業時間はほぼゼロだ。私の仕事は本来夜勤があり残業時間も部署によっては相当あるいわゆるブラックな職場だ。だが、私が毎日子供達の面倒を見るため、夜勤や残業をしなくなり、もう半年以上が経つ。

私の運命を分けたその日は昨年12月1日、早朝出勤のため自宅を5時半ころ出た。自宅を出る際、いつも妻におにぎりを作って持たせてもらっていた。「パパ行ってらっしゃい」そう妻から声をかけられ「行ってきます」と返し家を出た。それが妻とした最後の会話になるなんて思いもしなかった。

私は、今までの結婚生活の中で、かなりの部分において家庭を犠牲にして仕事を優先してきた。約1か月休みなく仕事に打ち込んだり、1週間家に帰れずに業務にかかりきりになるなどして、その間家庭のことは一切気にすることなく、妻に専業主婦として家庭を支えてもらってきた。

以前テレビドラマで「仕事一筋の職人気質な夫、家庭のことは妻に任せっきり。そんな夫が定年退職と同時に妻から三行半(離婚届)を突き付けられる」というエピソードを観て、妻に「かわいそうじゃないか。家族のために仕事人間だった夫が晴れて退職したのに残酷だよ」と言ったら「家庭を顧みなかったんだから当然でしょう」と妻に言われショックを受けた覚えがある。

それ以来、家庭のことをおろそかにしないよう気を付けるようにしたつもりだったが、仕事が忙しくなるたびに家庭のことは妻に頼りっきりになっていた。そんなときは仕事がいかに激務なのかを盛んに話して妻に理解を求めるとともに、自分の中でも「しょうがないんだ余裕なくて家庭のことを何も出来なくても」と言い訳をして家庭のことから逃げていた。




その日(昨年12月1日)は、長男が右手を骨折して入院中のところ退院する日だった。
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私は、長男の退院前の入院中3日間休暇を取り、長男の食事の世話など看病にあたった。3日連続で休暇をもらった後で追加でもう1日休暇が欲しいなんて言えず、長男の退院の世話は妻にお願いすればいいかと思った。ようは、私はまた仕事を優先し妻に頼り切ったのだ。

妻からは「パパお仕事大変だし、近くにいるジジババ(妻両親)にも手伝ってもらうから大丈夫だよ」と言われた。だが、後で知ったが、その日妻は、午前中肌寒い中長女の小学校の持久走大会の応援に次男とともに駆けつけ、その後、長男の入院先の病院へ次男とともに向かい、長男の退院手続きを行い長男を連れて帰った。病院では昼をまたぐ形で長時間待たされたそうだ。妻と一緒に病院へ行った義母に後刻そう聞いた。

そして午後2時07分、妻からショートメールで「長男を退院させて家に着いた」旨連絡があった。私はメールを確認し10分後に「ママありがとう」と返事をしたが、その返事に対する答えは永遠に帰ってくることは無かった。

妻はその後夕方午後4時前に、小学校へ長女を迎えに行き、小学校の校庭で喘息の発作を起こして倒れた。倒れたところを見た児童がすぐ先生を呼び、AED等迅速な救命措置が取られるとともに119番通報がなされた。
私の携帯電話に小学校の先生から電話がかかってきたのが午後4時13分だった。最初先生から、妻が校庭で倒れた旨を知らされ、次いで救急隊員に代わり妻の既往症について質問があり「最近喘息がきついって言ってましたけど」と答えるとともに、私は内心で「無理をさせてしまったな。貧血かな」などと楽観的に考え、妻の容態を尋ねた。

すると、電話先の救急隊員は、多少躊躇したような間を置いてから「心肺停止です」と言った。
私は「心肺停止」などという言葉はニュースなどで聞く単語で、まさか自分の身にこの単語が降りかかってきたなんて受け入れることが出来ず、何かの間違いか、壮大なドッキリじゃないかと思いたかったが、その反面、その単語の重みを理解し私の内心は絶望感に支配され膝から崩れ落ちた。




救急隊員からは引き続き「〇〇病院へ搬送します。旦那さんすぐ病院へ来て下さい!」と言われたが当時の職場は東京都心であり、妻のところまで果てしなく遠く感じ「今東京にいるんです。一時間半かかります!」と泣き叫ぶように伝えた。
私の様子がおかしいことにすぐ上司が気づき何があったのか聞いてきた。私は「妻が倒れて救急車で搬送されたみたいです」と振り絞るようにしてか細く話すだけで精一杯だった。現実のこととは到底思えず(今でもそうだ)、悪夢を見ているか、ドラマの俳優として悲劇を演じているかのようだった。

上司からは「すぐ帰って駆けつけなさい」と言われたが、明らかにうろたえている様子の私を見て落ち着くように諭されたが、私が「妻は心肺停止みたいです」と消え入りそうな声でやっと伝えると上司も顔色を変え、駆けつけるために自席の机の上を片付けようとする私に対して「片付けなんてしなくていいから早く行きなさい」と言ってくれた。

こうして、職場から急いで病院へ向かうこととなったが、通勤電車は帰宅ラッシュが始まる前。電車に乗ってすぐ空いた座席に座り、携帯で「喘息 死亡」「喘息 突然死」などと検索すると、毎年年間1,000人~1,500人が喘息を死因として亡くなっていることが分かった。先に病院へ着いた親族からは妻は危険な状態である旨を知らせてきたが、まだ遠方にいる身としては非常にもどかしさを感じていた。

向かっている途中に最悪の知らせが来たりはしないかと生きた心地がしなかったが、妻が倒れた頃から約2時間、病院へ到着をした。病院の救命救急センターには子供達を含め大体の親族が揃っており、他の親族も皆向かっているところだという。私が到着してすぐに案内されるかと思ったが、処置中とのことで、なかなか案内されなかった。この時思ったのが、もしかしたら持ち直したか?すぐ案内されないのは持ち直した容態をさらに好転させるための処置で忙しいのかと淡い期待を抱いた。

その淡い期待はすぐ打ち砕かれることになる。案内されて、妻のベッドの元へ向かうと、際限がないかのごとく続けられていると思えた心臓マッサージを受けながらも瞳孔が開き虚ろな瞳で微動だにしない妻…医師からは「一度も心拍の再開が無いまま2時間以上経ちます。脳へのダメージを考えるともう」と私に対して死刑宣告をするかのごとく絶望の説明をしてきた。

私は「子供達も一緒なのに‥‥嫌だ!こんな形で妻と永遠の別れだなんて」と思い、必死に妻に「戻って来て欲しい」と呼び掛けた。その間も「電気ショックは?」と聞いたが「電気ショックは効果が無い」と言われ、「何とかならないのか!」と泣き叫ぶように助けを求めたが返事は無く「(もうどうしようもないんだよ、あきらめろ。早くこの無駄な心臓マッサージを終わらせろ)」と言われているようなそんな重たい悲痛な空気が部屋を支配していた。

現実問題、自分の嫌な部分でもあるが脳裏では冷静に「倒れて搬送され、2時間以上ずっと息を吹き返していない人間が蘇生するはずがない。後は自分がどのタイミングで措置を中止してもらうか」と感じていた。だが、自分の最愛の妻の死を認めること。しかも親族が勢ぞろいして泣き叫ぶようにして「戻って来て欲しい」と呼び掛けている。子供達3人もそばにいて泣きながら「ママ戻って来て」と妻にすがりついている。今更子供達の目をつぶらせる訳にもいかない。そんな状況でそんなこと(蘇生措置の中止を求めること=ママの死を認めること)は出来なかった‥‥




しばらくの間、目の前の否定したい現実に目を背けていた。次男はまだ2歳だ、まだまだ手がかかる。親族の中で次男だけが事の事態が掴めずにきょとんとしている。この可愛い次男が母親を失うだなんて。長男は思春期・反抗期で最近手を焼いている。長女も可愛い盛りだ……

だが、いつまでもこうしているわけにもいかず、決断しなければならないと覚悟を決めた。義父母に「おとうさんおかあさんもう‥‥」このぐらいしか言えなかった。果たして伝わっただろうかと懸念したが、続けて心臓マッサージを続けているスタッフに「もう‥‥いいです」と告げた。

その後担当医による所定の確認の後「午後6時50分」と告げられ、私の最愛の妻であり子供達が大好きなママの死亡が宣告された‥‥‥‥
私は、事故や事件に遭ったのと変わらない衝撃を受けたように思った。こんな残酷な形で最愛の妻と永遠の別れだなんて‥‥‥‥子供達にとっても厳しすぎる現実だ。次男はまだ2歳だ。こんな過酷な現実が我々家族に降りかかってくるなんて到底受け入れられなかった。




平成29年12月1日午後6時50分
私はこの瞬間を一生涯忘れることはないだろう。私の最愛の妻であり子供達の大好きなママを永遠に失った瞬間。結婚して12年余り、ずっと大好きだった妻。失うには大きすぎるかけがえのない存在であり、私にとっても子供達にとっても余りにも早すぎる別れ。例えようもなく辛く苦しい悲しみの日々の始まりとなった。

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*1:少し長いです