ママに会いたい 最愛の妻との 死別

2017年12月1日、最愛の妻と死別し、突如父子家庭となり11歳の長男、10歳の長女、3歳の次男の子育てに悪戦苦闘しながら、前に進んだり後ろを向いたり横を向いたりする日々を綴る雑記ブログでである。

仏壇の「開眼法要」及び「新盆法要」(棚経)7月15日(新盆)

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前回

ママのお部屋を作ろう

ということで冒頭の写真の仏壇を選び、先月6/25に自宅へ配送してもらった。

当初設置場所については

  • にいにの主張

 仏壇はにいにの机直近つまり和室内に設置する

  • パパの主張

 リビング中央つまり普段食事をするテーブルのそばの壁際に設置する

で揉めていたが、いつもリビングだといつもみんなの前だからにいにも納得してくれて、リビングに置くことでにいにの了承を得て晴れてリビングに設置をした。


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仏壇の開眼法要兼ねて新盆法要

そして、去る7/15朝、それまで和室の祭壇にあったママの遺骨、位牌、遺影等を仏壇にお引越しして準備をした後

お坊さんが来て仏壇及び位牌の開眼法要いわゆる魂入れを行い、合わせて新盆法要(棚経)を執り行った。これでママの新しいお家・新居が落成したことになる。

※開眼法要とは、仏像、仏画、仏壇、墓などの完成の際に営まれる法要のことであり、開眼供養、入魂式、魂入れとも言う。
 
由来
 昔、仏像を作る際、大部分が出来て最後に「点睛」眼を描き込むことで、仏像として完成をするところ、この「点睛」により、像に尊い魂が入り完成とされた。

よって特に「点睛」「眼を描き込む」ことが重要視され、後世「開眼法要」として儀式化をされた。

日本での開眼法要の例は、752年奈良東大寺大仏の開眼法要(聖武天皇の時代※当時は上皇)が有名である。

新盆とは、故人の四十九日が終わった後に、初めて迎えるお盆

亡くなった人の霊が初めて家等に帰ってくる時節と言われており、一般的に、僧侶や親族などを招いて例年のお盆よりも丁重に供養をする。

棚経とは、お盆に僧侶が一軒一軒檀家を回りお経を読むこと。

江戸時代に盛んになったと言われ、特に新盆の棚経は手厚く営まれる

お盆の時期はいつか?

私はてっきり8月がお盆つまり当家に取っての新盆であると思っていたので7月仏壇開眼、8月新盆供養と思っていたが、お願いしたお坊さんがこれで行きましょうというので信頼しお願いした。


遺品整理・骨董品整理に活用を検討しよう。
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要は8月の本番時期のお坊さんのスケジュールを抑えることが間に合わなかったというのが本来のところだが……であるがあながち7月15日お盆も間違いではないという。

皆さんも聞いたことはないだろうか?「お盆いつやる?7月?8月?」と親戚から聞かれたり、子ども達が夏休みに入る前だし下手をすると梅雨明け前なのにこの時期に長期休暇を取って田舎へ帰る上司同僚が多かったり……


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お盆の時期はいつ?

新盆(7月盆)と旧盆(8月盆)

お盆と言えば夏の風物詩、例えば帰省ラッシュ、田舎へ帰る。夏の長期休暇と言えば8月13.14.15日の3日間という方も多かろう。

この夏のお盆(8/13~15)は、全国各地で先祖の霊を迎え入れ、また送り出すための盆踊りや祭りが開催される時期であり、お盆と言ったらこの時期を差すと思うだろう。

ただ、あながち7月15日がお盆と言っても過言ではない。これは明治の改暦が関係する。

  • 明治の改暦

 明治維新(1868)によって樹立された明治政府は、西洋の制度を導入して近代化を進める中で暦についても欧米との統一をはかり、明治5年(1872)11月、太陽暦グレゴリオ暦)への改暦を発表。これによって明治6年(1873)から、太陰太陽暦に替わり現在使われている太陽暦が採用された.

現在使われているカレンダーは太陽暦だが、その中にも大寒小寒、後は春分の日(暖かくない)、夏至(梅雨真っ盛り)、秋分の日(まだ暑い)など古来から太陰太陽暦で使われた季節を現わす言葉が残っている。毎年のように改暦されているが、人類の歴史と文化が脈々と受け継がれているといえよう。

以上江戸から明治の改暦 | 日本の暦から一部引用

全国的にみると8月(13~15日)に行われる旧盆が主流

7月15日を中心として行われる新盆が主流の地域もある。

お盆の時期が新盆と旧盆で異なるのはなぜか。 お盆の時期が異なる理由は、明治時代に行われた上記改暦が関係しているのだ。改暦に伴って日本の各行事は30日遅れとなり、もともと旧暦の7月15日に行われていたお盆も、改暦後には新暦の8月15日に行われるようになった。

現在、新盆(7月15日)は東京を中心とした一部の地域のみで、大多数の地域は旧盆(8月15日)。東京は新盆、その他は旧盆と、お盆の時期のずれが定着した理由は諸説ある。例えば、地方は7月は農繁期で忙しいため、1ヶ月遅らせてお盆を行ったとか。

なお、新盆と旧盆の内容自体に差はない。新盆・旧盆だから行事や風習の内容が異なるのではなく、地域による差の方が大きく、行われている地方の風習によってはかなり違いがあるようだがそこは本筋でないので触れない。


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梅雨も明けた真夏だが、冬物しか持ってなかった(~_~;)喪服を着こみ、お坊さんを迎え入れ親族(みんな喪服)を呼び寄せて行った。

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引越し完了後のママの新居だ。

法要の際、お坊さんが来る時間が午後1時なので、親族には事前に午前11時に来てもらい、出前でお寿司を取り小宴(昼食会)を開いた。

皆暑い中、交通の便が余り良くない我が家によく来てくれた。

これでようやく、白木の位牌・仮の祭壇を撤去出来る。大きな遺影は、にいにと協議の上パパの寝室に飾ることにした。これでパパが寝るときはいつも一緒だ。けんけんも喜んでる。

白木の位牌は棚経に来たお坊さんに引き取ってもらいお焚き上げをしてもらう。最後に忘れずに御布施を渡した。

お坊さんが帰った後、集まった親族で和気あいあいと過ごし皆夕方まで我が家を賑わしてくれた。
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親族が集まり和気あいあいな雰囲気の中の次男けんけん

和室にあった祭壇は葬儀会社に連絡し、7/20に引き取りに来てもらった。

これで半年余り和室の一角に当然のように存在していた祭壇が無くなり、そこにあった非日常が消えた。
(にいにの「掛軸」的な代物はある)
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9月18日追記

  にいにの格言「人生楽しく健康に生きる」は、8月下旬和室壁際に、にいに専用のサイドボードを設置したため撤去と相成り、その後にいに力作格言掛け軸「人生楽しく健康に生きる」は行方不明となっており、パパが現在行方を追い、にいにを追及したところかなりくしゃくしゃにしてしまったが、にいにの二階寝室壁に改めて貼ることとした。


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ママの新しい居場所(お家)

リビングの一角には、他の家具に溶け込むように調和した仏壇が置かれた。
仏壇の下段にはママの遺骨を収納している。

手元供養‥‥本来の意味のそれとはちょっと違っているが、子供達も幼く、私も妻の死を正直全然受け入れ難い。ここ数年は遺骨を自宅に置いておくことになるだろう。

一区切りついたことになるのか‥‥7月‥‥ママの居ない夏は嫌だ。子供達の夏休みが始まった‥‥

大改稿の結果「祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ」春分の日直前である9月19日早朝にリライト完了した。これをなぜ8月せめてお盆時期に出来なかったか悔やむところであるが……

当記事の続編とも呼ぶべき記事はそのままの勢いで書き上げ9月19日昼前に公開を完了した。
題して

死別後初めての夏 ママの居ない夏 新盆供養 ワークライフバランス 家庭>仕事
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