『ママに会いたい』【死別した家の非日常と日常の話】

2017年12月1日、最愛の妻と死別し、突如父子家庭となり11歳の長男、10歳の長女、3歳の次男の子育てに悪戦苦闘しながら、前に進んだり後ろを向いたり横を向いたりする日々を綴る雑記ブログでである。

ママの笑顔が大好きだった

今週のお題「わたしのモチベーションを上げるもの」

私のモチベーションを上げるものは何だろうか。
前回の記事
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PVが増えればモチベーションが上がる。そんなことは当たり前だと思った人は沢山いるだろうと思う。
人間なんでも自らが取り組んだもの等が周囲・他人・世の中に認められれば嬉しくなるものだ。私はそう思っている。

では、それ以外で、私のモチベーションを向上させる、させていたものは何か語りたい。

ここで少し昔話をしたい。

私が妻と出会ったのは、今から14年前の夏(2004年夏)だ。当時若かった私は、仕事の虫であったことを誇りに思い、初めて二人で会ったとき(下記記事参照)www.ysketom.com
などは、延々と自分の仕事がいかに苦労を伴うがやりがいがあって…等々思い返すと引かれるんじゃないかってぐらい話しまくった。
妻は不機嫌になったりすることなくニコニコしながら聞いてくれた。
(内心、ヤバい自分のことばかり話しすぎたとヒヤヒヤした。)





そのときからか……私は妻の笑顔に虜になった。妻の喜ぶことをして妻を笑顔にしたい。そう思った。

仕事について
ワーカーホリック・社畜な私は、誇りと使命感を持って仕事をしていた。そういう仕事だと思い、私生活をプライベートを犠牲にして仕事に取り組む姿勢が大事だと当時は本気で思っていた。また、仕事で良い業績を上げる。出世する。残業も厭わず仕事に勤しむ(結果的には給料沢山貰える)。そうして収入を増やすことが家庭のため家族のためになると思っていた。

それが妻の笑顔に繋がると信じて‥‥‥‥

妻の笑顔でモチベーションが上がる。妻の存在を支えに、癒しにして仕事に取り組んでいた。いつしか、私達夫婦の関係は妻の笑顔の為というよりか、一方的に妻に笑顔を要求していた。そんな気がする。

そして…私は、子供の相手・世話はそれなりにしていたが、仕事に没頭し家庭を顧みなくなっていき妻は育児・家事に疲労し、今思うと段々笑顔が減っていったように思う。それでも私は妻に笑顔を要求した。そう、自分のモチベーションが上がるからだ。主に仕事の。
今、子供の相手・世話はそれなりにしていたと言ったが、それにしたって長男長女のオムツ外し、トイレトレーニングについてはほとんど記憶にない。気づいたら終わっていた。つまりは妻に任せっきりだったのだ。





そうしていたある日妻を喪い、大好きだった妻の笑顔をもう永遠に見ることが出来ないことに打ちのめされるとともに、私は妻からたくさんのものをもらい続けてきたが、私は妻に何かしてやれたのだろうかと自問自答する日々が続いている。

さて、話を今現在に戻すと、最愛の妻を亡くした私は、半ば自暴自棄になっており、モチベーションはあまり上がらないのが正直なところだ。

三人の子供達について…子育てに大苦戦中
長男はグレ始めるし、次男には手を焼いている。よく手伝ってくれる長女も、最近は長男の影響か勉強をさぼるようになった。
パパがガミガミ怒っても長男なんかは屁の河童。最近は盛んに長女に意地悪をするようになり、家庭内の雰囲気が非常に悪くなってきた。反抗期と一言で片づけるのは簡単だが、学校の通知表も見せようとしない長男に呆れるばかりだ……
今日も、長男は長女のことを泣かしている……
次男は‥‥可愛い。肺炎になってしまい可哀想だ。しばらく静養させている。

ネガティブなことばかり言うなと言われそうだが、うちに溜め込んでると爆発しそうなので吐き出している。

今日も遺影の妻は優しく微笑んでくれている。
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毎日遺影の妻の笑顔を見ながら何とか生きてます。当然写真は動かないし、動画は見るとキツい‥‥はぁ‥‥ママに会いたい‥‥

沢山の方に読んで貰えたら少しは元気出てモチベーションが上がります!(結局ソレかよ!)



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