ママに会いたい 最愛の妻との死別

突然逝ってしまい死別した妻への思いを吐き出すと共に、突如父子家庭となり11歳の長男、10歳の長女、3歳の次男の子育てに悪戦苦闘する日々を綴ります。

私の転機「最愛の妻との死別」

最愛の妻の死をきっかけにして私の、私達家族(私=パパ、長男=にいに、長女=ねえね、次男=けんけん)の運命は大きく狂った。
私達家族は、耐え難い苦しみを味わい大きな大きな傷を負った。その傷は一生癒えることはないだろう。最愛の妻であり、世界で一番大好きなママを喪ったのだから。

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詳細は上の記事を参照して頂きたいが、昨年12月1日最愛の妻を突然死で喪うという私達家族にとって強制的な「転機」が訪れた。

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そして、私達家族それぞれの生き方、生活は激変する。
にいには、今のところ勉強が出来ず実現性に乏しいが、将来の夢の一つは「医者」になることに変わるとともに座右の銘が出来た。「人生楽しく健康に生きる」だ。
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ねえねは、それまでにいにとどっこいどっこいの学力だったが、一向に好転しないにいにの学力を尻目にこの短期間で見違える程成績が良くなった。




けんけんは、それまで家庭保育だったのがママを喪ったため、1月から保育園に通うようになり、相変わらずオムツは取れないが言葉や身体はぐんぐん成長するとともに、4月からこども園に転園し元気に幼稚園児生活を送っている。

そして私の仕事に対する考え方、働き方も大きく変わる。変わらざるを得なかった。

転機前の私の働き方

ここ数年来、昨年11月末まで
夜勤が週に一回あり、残業時間数は毎月40時間前後という感じで、繁忙期には5日連続帰宅出来ずに2日連続徹夜とか、なかなかのブラックぶりを発揮していた。

家庭のこと、家事、育児については、正直なところ、昨年11月までママに頼りっきりだったことは否めない。そのことも、ママを苦しめていたかと思うと‥‥‥‥自分が死に追いやったように感じ、後を追うか、この世から逃げたくなる。だが、私は今死のうが何十年後に死のうが、ママの元には逝けないだろう。後悔で苦しむほどママのいる天国では無く地獄へ落ちる気がするしそうなるべきだと思う。
しかしながら、今は、死ぬわけにはいかない。片親となった今子供達の親は私しかいないからだ。子供達を見守っているだろうママにこれ以上怒られないように子供達を立派に育てていかなければ。

上記の通り、ブラックな職場で旧3k(きつい、汚い、危険)な職場である。まあ、これでも残業時間は過去の一時期(10年前前後)に比べれば半減しているのだが。
立場的には出世コースとは言い難いが、古い言い方をすれば中間管理職・プレイングマネージャーといったところだ。要は一番きつい立場か(-。-;それでもまだまだ上を目指していた。上昇志向が高かった自分。仕事で成果を上げるためには家庭は二の次になっていた。家庭を省みる余裕がなかったというのは言い訳か‥‥事実厳しい職場ではあったが、自分の本来の能力以上に周りに「出来る男」であるように映るよう装っていたのだ。そして、家庭を犠牲にしていたのだ。(要は自業自得か‥‥‥ただ、この後悔を突き詰めすぎるとキツいのでくよくよし過ぎるのは辞めたい。というか辞めた。)





それが、最愛の妻の死により、180度仕事の仕方を変えた。変えざるを得ない。元来、私は、バランス良くワークとライフを充実させるような器用さは無かった。仕事にのめり込むタイプというか、仕事を充実させるために家庭を犠牲にしていたというか、要するに仕事一本槍だった‥‥‥‥それをこのまま維持出来ない。このペースで続けられないことは明白だった。今まで通り仕事に注力すると家庭を大事に出来ない。ワークライフバランスと声高に喧伝されているが、私はバランスを取って仕事と家庭を両立して‥‥などと器用に振る舞えなかった。
であれば、仕事をセーブし、家庭に注力するしかない。仕事は二の次、家庭最優先。仕事は、与えられた環境に応じてそれなりに仕事をするしかない。今までもそうだったが、これからはなおさら家庭最優先だ。

当然と言えば当然だが、夜勤はNGとなった。基本的にけんけんを保育園に送り迎えをしなくてはならないし、上の子達も小学生でまだ幼く、ママを喪った傷が大きい。そんな状態で子供達を置いて夜勤など出来ない。組織が許してくれるのであれば、出世も、仕事も置いて家庭を大事にしたい。しなければならないのだ。家庭を、子供達を大事にすることは私の使命であると言っても過言ではない。過言では無くなった。

事実、けんけんを保育園や幼稚園に送り迎えをするためには残業自体ほぼNGだ。だが、立場自体は変わらない。変えたくはない。であればどうするべきか、まだ正解は得られないが、仕事の効率化を図っていかなくはならない。
まず、子供達が熱を出したり、病院に連れていくために早退したり、休ませてもらうことにした。これは、当たり前のことだが、うちには母が来てくれているので母に頼むことが出来る。やろうと思えば夜勤も出来る。だが、それでは前と変わらない。元の木阿弥だ。そんなことばかりで妻に重荷を背負わせてきたのではないか。母も助けてくれているが、子供達の親は私しかいなくなった。私が子供達のために動かなくてはならない。そのためには仕事はセーブする。セーブしなくてはならない。




現在の私の仕事・職場は、先月から変わり、より自宅へ近くなった。これも自ら希望して変えてもらった。特別に異動させてもらったのだ。
今の私は残業はほぼゼロだ。朝はギリギリ、夕方は定時で帰る。これを徹底している。有給も積極的に使っている。使わせてもらう。
まだ試行錯誤中だが、父子家庭の働き方の一つのケースとして、私の今の働き方でもやっていけるか試していきたい。いずれにしろ私の職場では、父子家庭などそうそう無いだろうから思う存分家庭最優先でやらせてもらう。だいぶ収入は減るし、出世は望めないと思うが。
さあ明日も、仕事は二の次、家庭第一で生きて行こう。そう決意する。もうママには会えないがあの世からママに怒られないように子供達を立派に育てていきたい。

これからまだまだツラいけど、これが私の生きる道であり、最愛の妻の死を転機とした私の働き方だ。


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